
1月の主題「3歳児 じっくりと」「4.5歳児 広がる」
皆さんは、先日の市町対抗駅伝をご覧になりましたか?私は、自分の住んでいる清水町が5度目の連覇をかけて今年はどうなるかとテレビから目が離せず、新聞に書いてある1区から12区までの選手の皆さんのエントリー表を見ていました。そして、沼津市の枠を見て驚きました。なんと、四恩幼稚園を卒園したK君がエントリーされていました。私は、それから沼津市から目が離せなくなり、‟頑張って“と手を握りしめながら、チームを応援しました。彼の走っている姿をテレビで見ながら、幼稚園の頃の姿が思い出されました。当時は、1周が教会の裏も周る長いコースでした。彼は、どんなに寒くても自分で目標を決めて毎日コツコツ走り、最後は全部で400周以上達成したように思います。そのころのマラソンカードは1枚に50周ずつあり、ページごと色で分けられていて、最後が金色のページでした。誰より早く金色のページに達成した彼は折り紙で作った金メダルを首にかけとても嬉しそうだったことを覚えています。また、もっと走りたいと、メダルをもらった後も、2冊目のカードを欲しがり頑張り続けました。駅伝でひたすら前を見てゴールを目指す姿はその当時と全く変わりませんでした。沼津市は市の部の中で7位という見事な成績を残しました。ほんの一握りの選手しか受け取ることのできない栄光は、じっくりと取り組んできたからこそ実を結んだ結果であり、神さまからのプレゼントだったと思います。卒園してから、殆ど会ってなかったK君が、大舞台で堂々と走る姿を見られたことは、私にとって本当に嬉しい出来事でした。
1月から四恩幼稚園でもマラソンが始まります。マラソンは競争ではありません。じっくりと取り組みつつ冬ならではの、吐く息の白さ、ピーンと張りつめた空気を五感で感じながら、楽しんで欲しいと思います。北風小僧の貫太郎に負けずに、恒例マラソンが広がり、体も心もぽかぽかになって、冬を乗り切って行きたいと思います。
園長 藤本昭子
1月の聖句「光の子として歩みなさない」 エフェソの信徒への手紙5章8節
出張で長崎を訪れ、二十六聖人殉教の地・西坂に立ちました。
1597年、信仰を理由に命を奪われた人びと、そこには幼い少年たちの姿もありました。その場に立つと、激しさや悲劇性以上に、静かな光のようなものを感じさせられます。聖書には、
「あなたがたは、以前は闇でしたが、今は主に結ばれて光となっています。光の子として歩みなさい」という言葉があります。
「光の子として歩む」とは、常に正しく、強く、立派でいることではありません。むしろ、どんな状況にあっても、闇に身を委ねず、光の方を向いて生きることです。
二十六聖人たちは、恐れや不安がなかったわけではないでしょう。それでも彼らは、憎しみや絶望に支配されることなく、与えられている命と信仰を、最後まで光の中に置こうとしました。その姿は、「光の子として歩む」とは何かを、静かに示しているように思えます。
私たちの生活は、信教の自由がありますから殉教とは大きく異なります。
けれども日々の中で、正直であること、弱い立場の人に心を向けること、損か得かではなく、何が大切かを選び取ること。その一つひとつが、光の中を歩む選択です。子どもたちは、言葉以上に、大人がどこを向いて生きているかを見つめています。失敗してもやり直せること、赦し合いながら生きられることを、大人の姿を通して学んでいきます。
私たち大人自身が、迷いながらも光を求めて歩む。その歩みそのものが、子どもたちに手渡される、確かな光となるのです。
ご家庭と園とが共に、光の子として歩む道を分かち合っていきたいと願っています。長い2学期、皆様ありがとうございました。佳いクリスマスとお正月を。
チャプレン 司祭 窪田真人
